げ》は學校《がくかう》に見《み》えない。
 四五日《しごにち》も經《た》つと此事《このこと》が忽《たちま》ち親父《おやぢ》の耳《みゝ》に入《はひ》つた。親父《おやぢ》は眞赤《まつか》になつて怒《おこ》つた、店にあるだけの櫻《さくら》の木の皮を剥《むか》せ(な脱カ)ければ承知《しようち》しないと力味《りきん》で見《み》たが、さて一向《いつかう》に效果《きゝめ》がない。少年《こども》は平氣で
『私《わたし》は是非《ぜひ》怠惰屋《なまけや》になるのだ、是非《ぜひ》なるのだ』と言張《いひは》つて聽《き》かない。櫻《さくら》の皮《かは》を剥《む》くどころか、家《いへ》の隅《すみ》の方《はう》へすつこん[#「すつこん」に傍点]で了《しま》つて茫然《ぼんやり》して居る。
 色々《いろ/\》と折檻《せつかん》もして見《み》たが無駄《むだ》なので親父《おやぢ》も持餘《もてあま》し、遂《つひ》にお寺樣《てらさま》と相談《さうだん》した結極《あげく》が斯《かう》いふ親子《おやこ》の問答《もんだふ》になつた。
『お前《まへ》が若《も》し怠惰屋《なまけや》の第一等《だいゝつとう》にならうと眞實《ほんと》に思《おも》ふならラクダルさんの處《ところ》へ連《つれ》て行《い》かう。じやが先《ま》づラクダルさんに試驗《しけん》をして貰《もら》はなければならぬ、其上でお前に怠惰屋《なまけや》になるだけの眞實《ほんたう》の力倆《りきりやう》があると定《きま》れば、更《あら》ためてお前を彼《あ》の人の弟子《でし》にして貰《もら》ふ、如何《どう》だ、これは?』と親父は眞面目《まじめ》に言《い》つた。
『是非《ぜひ》さうして下《くだ》さい。』と兒《こ》は二つ返事《へんじ》。
 其處《そこ》で其《その》翌日《あくるひ》は愈※[#二の字点、1−2−22]《いよ/\》怠惰屋《なまけや》の弟子入《でしいり》と、親父《おやぢ》は息子《むすこ》の衣裝《みなり》を作《こし》らへ頭《あたま》も奇麗《きれい》に刈《かつ》てやつて、ラクダルの莊園《しやうゑん》へと出《で》かけて行《い》つた。
 門《もん》は例《れい》の通《とほ》り開《あけ》つ放《ぱな》しだから敲《たゝ》く世話《せわ》も入《いら》ず、二人《ふたり》はずん/\と内《うち》へ入《はひ》つて見《み》たが草木《くさき》が縱横《じゆうわう》に茂《しげ》つて居《ゐ》るのでラクダ
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング