ちぬ。霜白く置きそむれば、小川の水の凍るも遠からじと見えたり。かくて日曜日の夕暮れ、詩人外より帰り来たりて、しばしが間庭の中をあなたこなたと歩み、清き声にて歌うは楽しき恋の歌ならめ。この詩人の身うちには年わかき血|温《あたた》かく環《めぐ》りて、冬の夜寒《よさむ》も物の数ならず、何事も楽しくかつ悲しく、悲しくかつ楽し、自ら詩作り、自ら歌い、自ら泣きて楽しめり。
この夕は空高く晴れて星の光もひときわ鮮《あざ》やかなればにや、夜《よ》に入りてもややしばらくは流れの潯《ほとり》を逍遙《しょうよう》してありしが、ついに老僕をよびて落ち葉つみたる一つへ火を移さしめておのれは内に入りぬ。かくて人々深き眠りに入り夜ふけぬれど、この火のみはよく燃えつ、炎は小川の水にうつり、煙はますぐに立ちのぼりて、杉の叢立《むらだ》つあたりに青煙一抹《せいえんいちまつ》、霧のごとくに重し。
夜はいよいよふけ、大空と地と次第に相近づけり。星一つ一つ梢《こずえ》に下り、梢の露一つ一つ空に帰らんとす。万籟《ばんらい》寂《せき》として声なく、ただ詩人が庭の煙のみいよいよ高くのぼれり。
天に年わかき男星《おぼし》女星《め
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