ぼし》ありて、相隔つる遠けれど恋路《こいじ》は千万里も一里とて、このふたりいつしか深き愛の夢に入り、夜々の楽しき時を地に下りて享《う》け、あるいは高峰《たかみね》の岩|角《かど》に、あるいは大海原《おおうなばら》の波の上に、あるいは細渓川《ほそたにかわ》の流れの潯《ほとり》に、つきぬ睦語《むつごと》かたり明かし、東雲《しののめ》の空に驚きては天に帰りぬ。
女星《めぼし》は早くも詩人が庭より立ち上る煙を見つけ、今宵《こよい》はことのほか寒く、天の河《かわ》にも霜降りたれば、かの煙たつ庭に下《お》りて、たき火かきたてて語りてんというに、男星ほほえみつ、相抱《あいいだ》きて煙たどりて音もなく庭に下《くだ》りぬ。女星の額の玉は紅《くれない》の光を射、男星のは水色の光を放てり。天津乙女《あまつおとめ》は恋の香《か》に酔いて力なく男星の肩に依《よ》れり。かくて二人《ふたり》は一山《ひとやま》の落ち葉燃え尽くるまで、つきぬ心を語りて黎明《あけがた》近くなりて西の空遠く帰りぬ。その次の夜もまた詩人は積みし落ち葉の一つを燃《や》かしむれば、男星女星もまた空より下《くだ》りて昨夜のごとく語りき。かくて土曜の夜まで、夜々詩人の庭より煙たち、夜ふくれば水色の光と紅の光と相並びてこの庭に下れど、詩人は少しもこれを知ることなし。
七つの落ち葉の山、六《む》つまで焼きて土曜日の夜はただ一つを余しぬ。この一つより立つ煙ほそぼそと天にのぼれば、淡紅色《うすくれない》の霞《かすみ》につつまれて乙女《おとめ》の星先に立ち静かに庭に下れり。詩人が庭のたき火も今夜をかぎりなれば残り惜しく二人は語り、さて帰るさ、庭の主人《あるじ》に一語の礼なくてあるべからずと、打ち連れて詩人の室《しつ》に入れば、浮世のほかなる尊き顔の色のわかわかしく、罪なき眠りに入れる詩人が寝顔を二人はしばし見とれぬ。枕辺《まくらべ》近く取り乱しあるは国々の詩集なり。その一つ開きしままに置かれ、西詩《せいし》「わが心|高原《こうげん》にあり」ちょう詩のところ出《い》でてその中の
[#天から1字下げ]『いざさらば雪を戴《いただ》く高峰《たかね》』
なる一句赤き線《すじ》ひかれぬ。乙女の星はこれを見て早くも露の涙うかべ、年わかき君の心のけだかきことよと言い、さて何事か詩人の耳に口寄せて私語《ささや》き、私語《ささや》きおわれば恋人たち相顧み
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