小《ち》さい、中高《なかだか》の顔、いつも歯を染めている昔ふうの婦人《おんな》。口を少しあけて人のよさそうな、たわい[#「たわい」に傍点]のない笑いをいつもその目じりと口元に現わしているのがこの人の癖でした。
「そろそろ寝ようかと思っているところです。」と私が言ううち、婦人は火鉢《ひばち》のそばにすわって、
「先生私は少しお願いがあるのですが。」と言って言い出しにくい様子。「なんですか。」「六蔵のことでございます。あのようなばかですから、ゆくさきのことも案じられて、それを思う私は自分のばかを棚《たな》に上げて、六蔵のことが気にかかってならないのでございます。」
「ごもっともです。けれどもそうお案じなさるほどのこともありますまい。」とツイ私も慰めの文句を言うのはやはり人情でしょう。
三
私はその夜だんだんと母親の言うところを聞きましたが、何よりも感じたのは、親子の情ということでした。前にも言ったとおり、この婦人とてもよほど抜けていることは一見してわかるほどですが、それがわが子の白痴を心配することは、普通の親と少しも変わらないのです。
そして母親もまた白痴に近いだけ、
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