知っていますね。」「おっかさんに教わったのだ。」「学校へゆきますか。」「行かない。」「なぜ行かないの?」
子供は頭をかしげて向こうを見ていますから考えているのだと私は思って待っていました。すると突然子供はワアワアと唖《おし》のような声を出して駆け出しました。「六さん、六さん」と驚いて私が呼び止めますと、
「からす、からす」と叫びながら、あとも振りむかないで天主台を駆けおりて、たちまちその姿を隠してしまいました。
二
私はそのころ下宿屋《やどや》住まいでしたが、なにぶん不自由で困りますからいろいろ人に頼んで、ついに田口という人の二階二間を借り、衣食いっさいのことを任すことにしました。
田口というは昔の家老職、城山の下に立派な屋敷を昔のままに構えて有福《ゆうふく》に暮らしていましたので、この二階を貸し、私を世話してくれたのは少なからぬ好意であったのです。
ところで驚いたのは、田口に移った日の翌日、朝早く起きて散歩に出ようとすると、城山で会った子供が庭を掃いていたことです。私は、
「六さん、お早う」と声をかけましたが、子供は私の顔を見てニヤリ笑ったまま、草ぼうきで落
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