。そこへ気がつくや、私も声を優しゅうして、
「本を読んでいるのだよ。ここへ来ませんか。」と言うや、子供はイキなり石垣に手をかけて猿《さる》のように登りはじめました。高さ五|間《けん》以上もある壁のような石垣《いしがき》ですから、私は驚いて止めようと思っているうちに、早くも中ほどまで来て、手近の葛《かつら》に手が届くと、すらすらとこれをたぐってたちまち私のそばに突っ立ちました。そしてニヤニヤと笑っています。
「名前はなんというの?」と私は問いました。「六《ろく》」「六? 六《ろく》さんというのかね。」と問いますと、子供はうなずいたまま例の怪しい笑いをもらして、口を少しあけたまま私の顔を気味の悪いほど見つめているのです。
「いくつかね、年は?」と、私が問いますと、けげんな顔をしていますから、いま一度問い返しました。すると妙な口つきをしてくちびるを動かしていましたが、急に両手を開いて指を折って一《ひ》、二《ふ》、三《み》と読んで十《とう》、十一と飛ばし、顔をあげてまじめに、
「十一だ。」と言う様子は、やっと五つぐらいの子の、ようよう数を覚えたのと少しも変わらないのです。そこで私も思わず「よく
前へ
次へ
全18ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング