なたにその姿を隠してしまいました。おかしなことと私はその近所を注意して見おろしていると、薄暗い森の奥から下草を分けながら、道もない所をこなたへやって来る者があります。初めは何者とも知れませんでしたが、森を出て石垣の下に現われたところを見ると、十一か十二歳と思わるる男の子です。紺の筒袖《つつそで》を着て白もめんの兵児帯《へこおび》をしめている様子は百姓の子でも町家の者でもなさそうでした。
 手に太い棒切れを持ってあたりをきょろきょろ見回していましたが、フト石垣の上を見上げた時、思わず二人は顔を見合わしました。子供はじっと私の顔を見つめていましたが、やがてニヤリと笑いました。その笑いが尋常でないのです。生白《なまじろ》い丸顔の、目のぎょろりとした様子までが、ただの子供でないと私はすぐ見て取りました。
「先生、何をしているの?」と私を呼びかけましたので私もちょっと驚きましたが、元来私の当時教師を勤めていた町はごく小さな城下ですから、私のほうでは自分の教え子のほかの人をあまり知らないでも、土地の者は都から来た年若い先生を大概知っているので、今この子供が私を呼びかけたも実は不思議はなかったのです
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