や一息《ひといき》に飲み干して、月に向かって酒気をほっと吐いた。
「サアそれでよい、これからわしが歌って聞かせる。」
「イイエ徳さん、わたしは思い切って泣きたい、ここならだれも見ていないし、聞こえもしないから泣かしてくださいな、思い切って泣かしてくださいな。」
「ハッハッヽヽヽヽそんなら泣きナ、坊様と二人で聞くから」と徳二郎は僕を見て笑った。
 女は突っ伏して大泣きに泣いた、さすがに声は立て得ないから背を波打たして苦しそうであった。徳二郎は急にまじめな顔をしてこのありさまを見ていたが、たちまち顔をそむけ、山のほうを見て黙っている、僕はしばらくして、
「徳、もう帰ろう」と言うや、女は急に頭を上げて、
「ごめんなさいよ、ほんとに坊様は、わたしの泣くのを見ていてもつまりません。……わたし、坊様が来てくださったので弟に会ったような気がいたしました。坊様もお達者で、早く大きくなって偉いかたになるのですよ」とおろおろ声で言って「徳さんほんとにあまりおそくなるとお宅《うち》に悪いから、早く坊様を連れてお帰りよ、わたしは今泣いたので、きのうからくさくさしていた胸がすい[#「すい」に傍点]たようだ。」

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