それに、わたしも近いうち朝鮮につれて行かれるのだから、もうこの世で会うことができるかできないかわかりません。」と言って、涙がほおをつとうて流れるのをふきもしないで僕の顔を見たまますすり泣きに泣いた。
 僕は陸のほうを見ながら黙ってこの話を聞いていた。家々のともし火は水に映ってきらきらとゆらいでいる。櫓《ろ》の音をゆるやかにきしらせながら大船の伝馬《てんま》をこいで行く男は、澄んだ声で船歌を流す。僕はこの時、少年《こども》ごころにも言い知られぬ悲哀《かなしみ》を感じた。
 たちまち小舟を飛ばして近づいて来た者がある、徳二郎であった。
「酒を持って来た!」と徳は大声で二三|間《げん》先から言った。
「うれしいのねえ、今、坊様に弟のことを話して泣いていたの」と女の言ううち、徳二郎の小舟はそばに来た。
「ハッハッヽヽヽヽ[#「ヽヽヽヽ」は底本では「ヽヽヽ」]おおかたそんなことだろうと酒を持って来たのだ、飲みな飲みな、わしが歌ってやる!」と徳二郎はすでに酔っているらしい。女は徳二郎の渡した大コップに、なみなみと酒をついで息もつかずに飲んだ。
「も一ツ」と今度は徳二郎がついでやったのを、女はまたも
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