を一目見てすぐ知った」
「ヘイそうでございますか、イヤもう行き当りばったりで足の向き次第、国々を流して歩るくのでございますからどこでどなた様に逢《あ》いますことやら……」
途《みち》で二三の年若い男女に出遇《であ》った。軽雲一片月をかざしたのであたりはおぼろになった。手風琴の軽い調子が高い窓から響く。間もなく自分の宅《うち》に着いた。
三
縁辺《えんがわ》に席を与えて、まず麦湯一杯、それから一曲を所望した。自分は尺八のことにはまるで素人であるから、彼が吹くその曲の善《よ》し悪《あ》し、彼の技の巧拙はわからないけれども、心をこめて吹くその音色の脈々としてわれに迫る時、われ知らず凄動《せいどう》したのである。泣かんか、泣くにはあまりに悲哀《かなしみ》深し、吹く彼れはそもそもなんの感ずることなきか。
曲終れば、音を売るものの常として必ず笑み、必ず謙遜の言葉の二三を吐くなるに反して、彼は黙然として控え、今しもわが吹き終った音の虚空に消えゆく、消えゆきし、そのあとを逐《お》うかと思わるるばかりであった。
自分は彼の言葉つき、その態度により、初めよりその身の上に潜める物語りの
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