近づいて見ると、はたして一艘の小舟の水際より四五間も曳き上げてあるをその周囲《まわり》を取り巻いて、ある者は舷《ふなばた》に腰かけ、ある者は砂上《すな》にうずくまり、ある者は立ちなど、十人あまりの男女が集まっている、そのうちに一人の男が舷に倚《よ》って尺八を吹いているのである。
 自分は、人々の群よりは、離れて聴いていた。月影はこんもり[#「こんもり」に傍点]とこの一群《ひとむれ》を映《てら》している、人々は一語《ひとこと》を発しないで耳を傾けていた。今しも一曲が終わったらしい、聴者《ききて》の三四人は立ち去った。余の人々は次の曲を待っているけれど吹く男は尺八を膝《ひざ》に突き首《かしら》を垂《た》れたまま身動きもしないのである。かくしてまた四五分も経った。他の三四人がまた立ち去った。自分は小船に近づいた。
 見ると残っている聴者の三人は浜の童の一人、村の若者の二人のみ、自分は舷に近く笛吹く男の前に立った。男は頭《かしら》を上げた。思いきや彼はこの春、銀座街頭に見たるその盲人ならんとは。されど盲人なる彼れの盲目《めくら》ならずとも自分を見知るべくもあらず、しばらく自分の方を向いていたが
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