は恐ろしいもので、どんな下等な男女《なんにょ》が弾吹しても、聴く方から思うと、なんとなく弾吹者その人までをゆかしく感ずるものである。ことにこの盲人はそのむさくるしい姿に反映してどことなく人品の高いところがあるので、なおさら自分の心を動かした、恐らく聴いている他の人々も同感であったろうと思う。その吹き出づる哀楽の曲は彼が運命|拙《つた》なき身の上の旧歓今悲を語るがごとくに人々は感じたであろう。聴き捨てにする人は少なく、一銭二銭を彼の手に握らして立ち去るが多かった。

     二

 同じ年の夏である。自分は家族を連れて鎌倉に暑さを避け、山に近き一|小屋《こいえ》を借りて住んでいた。ある夜のこと、月影ことに冴《さ》えていたので独《ひと》り散歩して浜に出た。
 浜は昼間の賑《にぎ》わいに引きかえて、月の景色の妙《たえ》なるにもかかわらず人出少し。自分は小川の海に注ぐ汀《みぎわ》に立って波に砕くる白銀《しろがね》の光を眺めていると、どこからともなく尺八の音が微《かす》かに聞えたので、あたりを見廻わすと、笛の音は西の方、ほど近いところ、漁船の多く曳《ひ》き上げてあるあたりから起るのである。
 
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