安珍《あんちん》清姫《きよひめ》のことまで例えに引きました。外面如菩薩《げめんにょぼさつ》内心|如夜叉《にょやしゃ》などいう文句は耳にたこのできるほど聞かされまして、なんでも若い女と見たら鬼か蛇《じゃ》のように思うがよい、親切らしいことを女が言うのは皆な欺《だ》ますので、うかとその口に乗ろうものならすぐ大難に罹りますぞよというのが母の口癖でありましたのでございます。
 私は母を信仰していましたから母の言うことは少しも疑いませんでした。それですからおさよも事によったら内心如夜叉ではないかとこわがりながらも、自分で言いわけをこしらえて、おさよさんはまだ子供だし自分もまだ子供だからそんなこわいことはない、おさよさんが自分を可愛がるのは真実に可愛がるので決して欺《だま》すのじゃあないとこういう風に考えていたのでございます。
 ところがある日、日の暮に飯塚の家の前を通るとおさよが飛び出して来て、私を無理に引っ張り込みました。そしてなぜこの四五日遊びに来なかったと聞きますから、風邪を引いたといいますと、それは大変だ、もう癒《なお》ったかと、私の顔を覗きこんで、まだ顔色がよくない、大事になさいよ修さ
前へ 次へ
全50ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング