も母と叔母はさしむかいでいても決して笑い転《ころ》げるようなことはありません、二人とも言葉の少ない、物案じ顔の、色つやの悪い女でしたが、何か優しい低い声でひそひそ話し合っていました。一度は母が泣き顔をしている傍《そば》で叔母が涙ぐんでいるのを見ましたが私は別に気にも留めず、ただちょっとこわいような気がしてすぐと茶の間を飛び出したことがありました。
私は七日も十日も泊っていたいのでございますが、長くて四日も経ちますと母が帰ろうと言いますので仕方なしに帰るのでございます。一度は一人残っていると強情を張りましたので、母だけ先に帰りましたが、私は日の暮れかかりに縁先に立っていますと、叔母の家は山に拠って高く築《つ》きあげてありますから山里の暮れゆくのが見下されるのです。西の空は夕日の余光《なごり》が水のように冴《さ》えて、山々は薄墨の色にぼけ、蒼《あお》い煙が谷や森の裾《すそ》に浮いています、なんだかうら悲しくなりました。寺の鐘までがいつもとは違うように聞え、その長く曳《ひ》く音が谷々を渡って遠く消えてゆくのを聞きましたら、急に母が恋しくなって、なぜ一しょに帰らなかったろう、今時分は家に着い
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