ま》を立てて落ちるのです。衣服《きもの》はびしょぬれになる、これは大変だと思う矢先に、グイグイと強く糸を引く、上げると尺にも近い山※[#「魚+條」、第4水準2−93−74]の紫と紅《あか》の条《すじ》のあるのが釣れるのでございます、暴《あば》れるやつをグイと握って籠《びく》に押し込む時は、水に住む魚までがこの雨に濡れて他の時よりも一倍鮮やかで新しいように思われました。
『もう帰えろうか』と一人が言って此方をちょっと向きますが、すぐまた水面を見ます。
『帰ろうか』と一人が答えますが、これは見向きもしません、実際何を自分で言ったのかまるで夢中なのでございます。
 そのうちに雷がすぐ頭の上で鳴りだして、それが山に響いて山が破裂するかと思うような凄い音がして来たので、二人は物をも言わず糸を巻いて、籠《びく》を提《さ》げるが早いかドンドン逃げだしました。途中まで来ると下男が迎えに来るのに逢いましたが、家に帰ると叔母《おば》と母とに叱《しか》られて、籠を井戸ばたに投げ出したまま、衣服を着更えすぐ物置のような二階の一室《ひとま》に入り小さくなって、源平盛衰記の古本を出して画を見たものです。
 けれど
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