つきあって、随分やつの力にもなってやり、時には金の用までたしてやりましたのでやつはなお私をまたない友と信じ、二日ばかり私が風邪をひいた時など一日は仕事を休んで私のそばに附いていたことさえござります。
それに長屋中、皆な私を可愛がってくれまして、おとなしい方だよい方だ、珍しい堅人《かたじん》だと褒《ほ》めてくれるのでございます。ですからお俊ばかりでなくお神さんたちが頼みもせぬ用を達《た》してくれるのでございます。ところがおかしいのはお俊がこれを焼いて、何を私がついているによけいなお世話だと、お神さんたちの目の前でいやな顔をする、それをお神さんたちはなお面白半分に私の世話を焼いたこともありました、けれども、それでもってお俊と私の仲を長屋の者が疑ぐるかというに決してそうでなく、てんで私をば木か金で作ったもののように無類の堅人だと信じていたのでございます。けれどもお俊の方はそれほどの信用はないのです。ですからお俊さんは少し怪しいが、とても物にはならぬなど、明らさまに私に向って言った山の神さえいたのでございます。
実際、お俊は怪しいと言われても仕方がありますまい。ある晩のことに私が床を延べていますと、お俊が飛んで参りまして、
『どうせ私じゃお気に入りませんよ』と言いざま布団《ふとん》を引ったくって自分でどんどん敷き『サア、旦那様お休みなさい、オー世話の焼ける亭主だ』と言いながら色気のある眼元でじっと私を見上げましたことなどは、ただの仕草ではなかったのでございます。そしてその時の私の心持を言いますと、決して長屋の者が信じていたほどの堅固なものでなかったので、木や石でない限り、やはり妙な心持がしたのでございます。
私がある時藤吉に向い、『どうもお俊さんは意気だ、まるで素人じゃアないようだ』と申しますと、藤吉にやにや笑っていましたが、『うまいところを当てられた、実はあれはさる茶屋でかなり名を売った女中であったのを親方が見つけ出し、本人の心持を聞いて見ると堅気の職人のところにゆきたいというので、それこそ幸いと私に世話してくれたのだ』と少々得意の気味でお俊の身元を打ち明けたのでございます。その時からなおさら私はお俊のそぶりを妙に感じて来ました。
けれどもまず平穏無事に日が経ちますうち、ちょうど八月の中ごろの馬鹿に熱い日の晩でございます、長屋の者はみんな外に出て涼んでいましたが私
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