《ご》していたから、すらすらと読んで『これが何です』と叫んだ。
『お前は日本人か。』『ハイ日本人でなければ何です。』『夷狄《いてき》だ畜生《ちくしょう》だ、日本人ならよくきけ、君、君たらずといえども臣もって臣たらざるべからずというのが先王の教えだ、君、臣を使うに礼をもってし臣、君に事《つか》うるに忠をもってす、これが孔子《こうし》の言葉だ、これこそ日の本《もと》の国体に適《かな》う教えだ、サアこれでも貴様は孟子が好きか。』
 僕はこう問い詰められてちょっと文句に困ったがすぐと『そんならなぜ先生は孟子を読みます』と揚げ足を取って見た。先生もこれには少し行き詰まったので僕は畳《たた》みかけて『つまり孟子の言った事はみな悪いというのではないでしょう、読んで益になることが沢山あるでしょう、僕はその益になるところだけが好きというのです、先生だって同じことでしょう、』と小賢《こざか》しくも弁じつけた。
 この時孫娘は再び老人の袖を引いて帰宅《かえり》を促した。老先生は静かに起《た》ちあがりさま『お前そんな生意気なことを言うものでない、益になるところとならぬところが少年《こども》の頭でわかると思うか
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング