有ります」
「有ったってそれを渡したら宅《うち》で困って了う。可いよ、明日《あした》母上《おっかさん》が来たら私がきっぱりお謝絶《ことわり》するから。そうそうは私達だって困らアね。それも今日《こんにち》母上《おっかさん》や妹《いもと》の露命をつなぐ為めとか何とか別に立派な費《つか》い途《みち》でも有るのなら、借金してだって、衣類《きもの》を質草に為《し》たって五円や三円位なら私の力にても出来《でか》して上げるけれど、兵隊に貢ぐのやら訳もわからない金だもの。可《よ》いよ、明日《あした》こそ私しが思いきり言うから、それで聴《き》かないならどうにでも勝手になさいと言ってやるから」
「言うのはお止《よ》しなさいよ」
「何故や、言うよ、明日こそ言うよ」
「だってね母上《おっかさん》のことだから又大きな声をして必定《きっと》お怒鳴《どなり》になるから、近処《きんじょ》へ聞えても外聞が悪いし、それにね、貴所《あなた》が思い切たことを被仰《おっしゃ》ると直ぐ私が恨まれますから。それでなくても私が気に喰《く》わんから一所に居たくても為方なしに別居して嫌《いや》な下宿屋までしているんだって言いふらしておい
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