に従がい、種々の人間、種々の事柄に出会い、雨にも打たれ風にも揉《もま》れ、往時を想うて泣き今に当って苦しみ、そして五年の歳月《としつき》は澱《よど》みながらも絶ず流れて遂にこの今の泡《あわ》の塊《かたまり》のような軽石のような人間を作り上《あげ》たのである。
 三年前までは死んだ赤児《あかんぼ》の泣声がややもすると耳に着き、蒼白《あおじろ》い妻《さい》の水を被《かぶ》った凄《すご》い姿が眼の先にちらついたが、酒のお蔭で遂に追払って了った。然し今でも真夜中にふと[#「ふと」に傍点(白丸)]眼を醒《さ》ますと酒も大略《あらまし》醒めていて、眼の先を児を背負《おぶ》ったお政がぐるぐる廻って遠くなり近くなり遂に暗の中に消えるようなことが時々ある。然し別に可怕《おそろ》しくもない。お政も今は横顔だけ自分に見せるばかり。思うに遠からず彼方《あちら》向いて去《い》って了うだろう。不思議なことには真面目《まじめ》にお政のことを想う時は決してその浅ましい姿など眼に浮ばないで現われる時は何時も突然である。
 可愛《かあい》いお露に比べてみるとお政などは何でもない。母などは更に何でもない。

 五月十九日[
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