《たぐいまれ》なる慰労金まで支出したのは、升屋の老人などの発起《ほっき》に成ったのである。
妻子の葬儀には母も妹《いもと》も来た。そして人々も当然と思い、二人も当然らしく挙動《ふるま》った。自分は母を見ても妹を見ても、普通の会葬者を見るのと何の変《かわり》もなかった。
三百円を受けた時は嬉《うれ》しくもなく難有《ありがた》くもなく又|厭《いや》とも思わず。その中百円を葬儀の経費に百円を革包に返し、残《のこり》の百円及び家財家具を売り払った金を旅費として飄然《ひょうぜん》と東京を離れて了った。立つ前夜|密《ひそか》に例の手提革包を四谷の持主に送り届けた。
何時自分が東京を去ったか、何処《いずこ》を指して出たか、何人《なにびと》も知らない、母にも手紙一つ出さず、建前が済んで内部《うち》の雑作《ぞうさく》も半ば出来上った新築校舎にすら一|瞥《べつ》もくれないで夜|窃《ひそ》かに迷い出たのである。
大阪に、岡山に、広島に、西へ西へと流れて遂にこの島に漂着したのが去年の春。
妻子の水死後|全然《まるで》失神者となって東京を出てこの方幾度自殺しようと思ったか知れない。衣食のために色々の業
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