秘密のあることを推《すい》し、帳簿を取りに寄こされたを幸《さいわい》に無理に開けたに相違ない。鍵は用箪笥のを用いたらしい。革包の中を見てどんなにか驚いたろう。思うに自分が盗んだものと信じたに違いない。然し書置などは見当らなかった。
 何故死んだか。誰一人この秘密を知る者はない。升屋の老人の推測は、お政の天性《うまれつき》憂鬱《ゆううつ》である上に病身でとかく健康|勝《すぐ》れず、それが為に気がふれた[#「ふれた」に傍点]に違いないということである。自分の秘密を知らぬものの推測としてはこれが最も当っているので、お政の天性《うまれつき》と瘻弱《ひよわ》なことは確に幾分の源因を為している。もしこれが自分の母の如きであったなら決して自殺など為ない。
 自分は直ぐ辞表を出した。言うまでもなく非常に止められたが遂には、この場合無理もない、強《しい》て止めるのは却って気の毒と、三百円の慰労金で放免してくれた。
 実際自分は放免してくれると否とに関らず、自分には最早《もはや》何を為る力も無くなって了ったのである。人々は死だ妻《さい》よりも生き残った自分を憐《あわ》れんだ。其処《そこ》で三百円という類稀
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