覚悟がある、覚悟がある」と怒鳴りながらそのまま抽斗を閉《し》めて錠を卸し、非常な剣幕で外面《そと》に飛び出して了《し》まった。
無我夢中で其処《そこ》らを歩いて何時《いつし》か青山の原に出たが矢張《やはり》当もなく歩いている。けれども結局、妻に秘密を知られたので、別に覚悟も何にも無いのである。ただ喫驚《びっくり》した余りに怒鳴り、狼狽《うろた》えた余《あまり》に喚いたので、外面《そと》に飛び出したのは逃げ出したるに過ぎない。
であるから歩るいている中に次第に心が静まって来た。こうなっては何もかも妻に打明けて、この先のことも相談しよう、そうすれば却《かえ》って妻と自分との間の今の面白ろくない有様から逃《のが》れ出ることも出来ると、急いで宅《うち》に帰った。
何故そんならば革包を拾って帰った時に相談しなかった。と問うを止《や》めよ。大河今蔵の筆法は万事これなのである。
帰って見ると妻の姿が見えない。見えないも道理、助を背負《おぶっ》たまま裏の井戸の中で死でいた。
お政はこれまで決して自分の錠を卸して置いた処を開けるようなことは為なかった。然し何時《いつし》か自分の挙動で箪笥の中に
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