て蒼《あお》い顔というよりか凄《すご》い顔をしている。そして自分が帰宅《かえ》っても挨拶《あいさつ》も為ない。眼の辺《ふち》には泣きただらした痕《あと》の残っているのが明々地《ありあり》と解る。
この様子を見て自分は驚いたというよりか懼《おそ》れた。懼れたというよりか戦慄《せんりつ》した。
「オイどうしたの? お前どうしたの?」と急《せ》きこんで問うたが、妻はその凄い眼で自分をじろりと見たばかりで一語も発しない。ふと気が着いて見ると、箪笥《たんす》を入た押込《おしこみ》の襖が開《あ》けっ放して、例の秘密の抽斗《ひきだし》が半分開いていた。自分は飛び起《た》った。
「誰が開けたのだ」と叫けんで抽斗に手をかけた。
「私が開けました」と妻の沈着《おちつ》き払った答。
「何故開けた、どうして開けた」
「委員会から帳簿を借してくれろと言って来ましたから開けて渡しました」とじろり自分の顔を見た。
「何だって私の居ないのに渡した、え何だって渡した。怪《けし》からんことだ」と喚《わめ》きつつ抽斗の中を見ると革包が出ていてしかも口を開けたままである。
「お前これを見たな!」と叫けんで「可《よ》し私にも
前へ
次へ
全65ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング