がある。無言で一日暮すこともあり、自分の性質の特色ともいうべき温和な人なつこい[#「なつこい」に傍点]ところは殆《ほとん》ど消え失《う》せ、自分の性質の裏ともいうべき妙にひねくれた[#「ひねくれた」に傍点]片意地のところばかり潮の退《ひい》た後《あと》の岩のように、ごつごつと現われ残ったので、妻が内心驚ろいているのも決して不思議ではない。
温和で正直だけが取柄の人間の、その取柄を失なったほど、不愉快な者はあるまい。渋を抜《ぬい》た柿の腐敗《くさ》りかかったようなもので、とても近よることは出来ない。妻が自分を面白からず思い気味悪るう思い、そして鬱《ふさ》いでばかりいて、折り折りさも気の無さそうな嘆息《ためいき》を洩《もら》すのも決して無理ではない。
これを見るに就《つ》けて自分の心は愈々《いよいよ》爛れるばかり。然し運命は永くこの不幸な男女を弄《もてあ》そばず、自分が革包《かばん》を隠した日より一月目、十一月二十五日の夜を以って大切《おおぎり》と為《し》てくれた。
この夜自分は学校の用で神田までゆき九時頃|帰宅《かえ》って見ると、妻が助《たすく》を背負《おぶ》ったまま火鉢の前に坐っ
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