接して、自分はドキリ胸にこたえた。
「貴所《あなた》が気をつけんから落したのだ、待ておいで、今岩崎を呼ぶから」と言ったのは全然《まるで》これまでの自分にないことで、児童は喫驚《びっくり》して自分の顔を見た。
岩崎という十二歳になる児童を呼んで「あなたは鉛筆を拾いはしなかったか」と聞くと顔を赤らめてもじもじしている。
「拾ったでしょう。他人《ひと》の者を拾ったら直ぐ私の所へ持て出るのが当前《あたりまえ》だのにそれを自分の者に為《す》るということは盗んだも同じことで、甚《はなは》だ善くないことですよ。その鉛筆を直ぐこの人にお返しなさい」と厳《おごそ》かに命《いい》つけた。
そんならば何故《なぜ》自分は他人《ひと》の革包《かばん》を自分の箪笥に隠して置くのであるか。
自分はその日校務を了《おわ》ると直ぐ宅に帰り、一室《ひとま》に屈居《かがん》で、悶《もが》き苦しんだ。自首して出ようかとも考がえ、それとも学校の方を辞職して了《しま》うかとも考がえた。この二《ふたつ》を撰《えら》ぶ上に就いて更に又苦しんだけれど、いずれとも決心することが出来ない。自首した後《あと》での妻子のことを思い、辞職
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