て金を作るとも、何とでもして取った百円を再び革包に入れ、そのまま人知れず先方に届ける。
天の賜《たまもの》とは実にこの事と、無上によろこび、それから二百円を入れたままの革包を隠す工夫に取りかかった。然し元来《もと》狭い家だから別に安全な隠くし場の有ろう筈《はず》がない。思案に尽きて終《つい》に自分の書類、学校の帳簿などばかり入《いれ》て置く箪笥《たんす》の抽斗に入れてその上に書類を重ねそして鍵《かぎ》は昼夜自分の肌身《はだみ》より離さないことに決定《きめ》て漸《や》っと安心した。
床に就たと思うと二時が打ち、がっかりして直ぐ寝入って終った。
五月十六日[#「五月十六日」に傍点(白丸)]
忘れることの出来ない十月二十五日は過ぎた。翌日から自分は平時《いつも》の通り授業もし改築事務も執《と》り、表面《うわべ》は以前と少しも変らなかった、母からもまた何とも言って来ず、自分も母に手紙で迫る事すら放棄して了い、一日一日と無事に過ぎゆいた。
然し自分は到底悪人ではない、又度胸のある男でもない。さればこそ母からも附込《つけこ》まれ、遂に母を盗賊にして了い、遂に自分までが賊になってしまった
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