ながら、外面に出て二歩三歩《ふたあしみあし》あるいて暫時《しばし》佇立《たたず》んだ時この寥々《りょうりょう》として静粛かつ荘厳なる秋の夜の光景が身の毛もよだつまでに眼に沁《しみ》こんだことである。今もその時の空の美しさを忘れない。そして見ると、善にせよ悪にせよ人の精神凝って雑念《ぞうねん》の無い時は、外物の印象を受ける力もまた強い者と見える。
材木の間から革包《かばん》を取出し、難なく座敷に持運んで見ると、他の二束《ふたたば》も同じく百円束、都合三百円の金高が入っていたのである。書類は請取《うけとり》の類。薄い帳面もあり、名刺もある。遺失《おと》した人は四谷区何町何番地|日向某《ひなたなにがし》とて穀物の問屋《といや》を業としている者ということが解った。
心の弱い者が悪事を働いた時の常として、何かの言訳を自分が作らねば承知の出来ないが如く、自分は右の遺失《おとし》た人の住所姓名が解るや直ぐと見事な言訳を自分で作って、そして殆《ほとん》ど一道の光明を得たかのように喜こんだ。
一先《ひとまず》拝借! 一先拝借して自分の急場を救った上で、その中《うち》に母から取返すとも、自分で工夫し
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