横ぎる時、自分は一個《ひとつ》の手提革包《てさげかばん》を拾った。

 五月十五日[#「五月十五日」に傍点(白丸)]
 どうして手提革包を拾ったかその手続まで詳わしく書くにも当るまい。ただ拾ったので、足にぶつかったから拾ったので、拾って取上げて見ると手提革包であったのである。
 拾うと直ぐ、金銭《かね》! という一念が自分の頭にひらめいた。占たと思った、そして何となく夢ではないかとも思った。というものは実は山王台で種々の空想を描いた時、もし千両も拾ったらなど、恥かしい事だが考がえたからで、それが事実となったらしいからである。革包は容易《たやす》く開《あ》いた。
 紙幣《さつ》の束が三ツ、他《ほか》に書類などが入っている。星光《ほしあかり》にすかしてこれを見た時、その時自分は全たく夢ではないかと思っただけで、それを自分が届け出《いで》るとか、横奪《よこどり》することが破廉恥の極だとか、そういうことを考えることは出来なかった。
 ただ手短かに天の賜《あたえ》と思った。
 不思議なもので一度、良心の力を失なうと今度は反対に積極的に、不正なこと、思いがけぬ大罪《たいざい》を成《な》るべく為し遂
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