は確かにお光。自分はぎょっとして起あがろうとしたが、直ぐ其処《そこ》に近づいて来たのでそのまま身動きもせず様子を窺《うか》がっていた。人々は全たく此処《ここ》に人あることを気がつかぬらしい。お光が居れば母もと覗《うか》がったが女はお光一人、男は二人。
「ねえ最早《もう》帰りましょうよ、母上《おっか》さんが待っているから」と甘ったるい声。
「何故母上さんは一所に出なかったのだろう、君知らんかね」と一人の男が言うと、一人
「頭が痛むとか言っていたっけ」というや三人急に何か小さな声で囁《ささや》き合ったが、同時《いちど》にどっと笑い、一人が「ヨイショー」と叫けんで手を拍った。
 面白ろうない事が至るところ、自分に着纏《つきまと》って来る。三人が行き過ぐるや自分は舌打して起ちあがり、そこそこと山を下りて表町に出た。
 この上は明日中に何とか処置を着ける積り、一方には手紙で母に今一度十分訴たえてみ、一方には愈々《いよいよ》という最後の処置はどうするか妻《さい》とも能《よ》く相談しようと、進まぬながらも東宮御所の横手まで来て、土手について右に廻り青山の原に出た。原を横ぎる方が近いのである。
 原を
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