揃《そろ》ってら。面白くもない!」
 自分は形無し。又も文句に塞《つま》ったが、気を引きたてて父の写真を母の前に置きながら
「父上《おとう》さんをお伴《つ》れ申してのお願いで御座います。母上さん、何卒《どうか》……お返しを願います、それでないと私が……」と漸《やっ》との思で言いだした。母は直ぐ血相変て、
「オヤそれは何の真似《まね》だえ。お可笑《かし》なことをお為《し》だねえ。父上《おとう》さんの写真が何だというの?」
「どうかそう被仰《おっしゃ》らずに何卒《どうか》お返しを。今日お持返えりの物を……」
「先刻《さっき》からお前|可笑《おかし》なことを言うね、私お前に何を借りたえ?」
「何も申しませんから、何卒そう被仰らずにお返しを願います、それでないと私の立つ瀬がないのですから……」と言わせも果てず母は火鉢を横に膝《ひざ》を進めて、
「怪《け》しからんことを言うよ、それでは私が今日お前の所から何か持ってでも帰ったと言うのだね、聞き捨てになりませんぞ」と声を高めて乗掛《のしかか》る。
「ま、ま、そう大きな声で……」と自分はまごまご。
「大きな声がどうしたの、いくらでも大きな声を出すよ…
前へ 次へ
全65ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング