《つ》いては今日|私《わたくし》の机の抽斗に百円入れて置きましたそれが、貴女のお帰りになると同時に紛失したので御座いますが、如何《いか》がでしょう、もしか反古《ほぐ》と間違ってお袂《たもと》へでもお入《いれ》になりませんでしたろうか、一応お聞申します」と腹から出た声を使って、グッと急所へ一本。
「何だと親を捕えて泥棒呼わりは聞き捨てになりませんぞ」と来るところを取って押え、片頬《かたほお》に笑味《えみ》を見せて、
「これは異なこと! 親子の縁は切れてる筈《はず》でしょう。イヤお持帰りになりませんならそれで可う御座います、右の次第を届け出《いず》るばかりですから」と大きく出れば、いかな母でも半分落城するところだけれど、あの時の自分に何でこんな芝居が打てよう。
 悪々《にくにく》しい皮肉を聞かされて、グッと行きづまって了い、手を拱《く》んだまま暫時《しばし》は頭も得《え》あげず、涙をほろほろこぼしていたが、
「母上《おっか》さん、それは余《あんま》りで御座います」とようように一言、母は何所《どこ》までも上手《うわて》、
「何が余《あんまり》だね、それは此方《こっち》の文句だよ。チョッ泣虫が
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