くれだったかね?」と言って長い烟管《きせる》を取上げた。
「何をですか」と自分は母の顔を見ながら言った。
「まア可いサ聞かなかったのなら。然しお前の用というのは何だね?」
自分は懐中《ふところ》から三円出して火鉢の横に置き、
「これは二円不足していますが、折角お政が作《こし》らえて置いたのですから、取って下さい、そう為《し》ませんと……」
「最早《もう》不用《いら》ないよ。だから私も二度とお前達の厄介にはなるまいし。お前達も私のようなものは親と思わないが可い。その方がお前達のお徳じゃアないか」
「母上《おっか》さん。貴女《あなた》は何故《なぜ》そんなことを急に被仰《おっしゃ》るのです」と自分は思わず涙を呑《の》んだ。
「急に言ったのが悪けりゃ謝《あや》まります。そうだったね、一年前位に言ったらお前達も幸福《しあわせ》だったのに」
何という皮肉の言葉ぞ、今の自分ならば決然《きっぱり》と、
「そうですか、宜《よろ》しゅう御座います。それじゃ御言葉に従がいまして親とも思いますまい、子とも思って下さいますな。子とお思いになると飛《とん》だお恨みを受けるような事も起るだろうと思いますから。就
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