いて呼んだ。「ハイ」とお光は下《おり》て来て自分を見て、
「オヤ兄様」と言ったが笑いもせず、唯だ意外という顔付き、その風《ふう》は赤いものずくめ、どう見ても居酒屋の酌婦としか受取れない。母の可怕い顔と自分の真面目《まじめ》な顔とを見比べていたが、
「それからね母上《おっか》さん、お鮨《すし》を取って下さいって」
「そう、幾価《いくら》ばかり?」
「幾価だか。可い加減で可いでしょう。それから母上さんにもお入《いで》なさいって」
「あア」と母は言って妙な眼つきでお光の顔を見たが、お光はそのまま自分の方は見向もしないで二階へ上って了《し》まった。自分は唯だ坐わったきり、母の何とか言いだすのを待っていた。
「何しに来たの」と母は突慳貪《つっけんどん》に一言《ひとこと》。
「先刻は失礼しました」と自分は出来るだけ気を落着けて左《さ》あらぬ体《てい》に言った。
「いいえどうしまして。色々心配をかけて済なかったね。帰る時お政さんに言って置いたことがあるが聞いておくれだったかね?」と何処《どこ》までも冷やかに、憎々しげに言いながら起上《たちあ》がって「私はお客様《きゃくさん》の用で出て来るが、用がある
前へ
次へ
全65ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング