、手箱から亡父《ちち》の写真を取り出して懐中した。
小春日和《こはるびより》の日曜とて、青山の通りは人出多く、大空は澄み渡り、風は砂を立てぬほどに吹き、人々行楽に忙がしい時、不幸の男よ、自分は夢地を辿《たど》る心地《ここち》で外を歩いた。自分は今もこの時を思いだすと、東京なる都会を悪《にく》む心を起さずにはいられないのである。
東宮御所の横手まで来ると突然「大河君、大河君」と呼ぶ者がある。見れば斎藤という、これも建設委員の一人。莞爾《にこにこ》しながら近づき、
「どうも相済まん、僕は全然《まるで》遊んでいて。寄附金は大概集まったろうか」
寄附金といわれて我知らずどきまぎ[#「どきまぎ」に傍点]したが「大略《あらまし》集まった」と僅《わずか》に答えて直ぐ傍《わき》を向いた。
「廻る所があるなら僕廻っても可いよ」
「難有《ありがと》う」と言ったぎり自分が躊躇《もじもじ》しているので斎藤は不審《いぶかし》そうに自分を見ていたが、「イヤ失敬」と言って去って終《しま》った。十歩を隔てて彼は振返って見たに違ない。自分は思わず頸《くび》を縮《すく》めた。
母に会ったら、何と切出そう。新町に近
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