にら》むようにして
「お前さんまで逃げないでも可いよ。人を馬鹿にしてらア。手紙なんぞ書かないから、帰ったらそう言っておくれ。この三円も不用《いらな》いよ」と投げだして「最早《もう》私も決して来ないし、今蔵も来ないが可い、親とも思うな、子とも思わんからと言っておくれ!」
 非常な剣幕で母は立ち去り、妻はそのまま泣伏したのであった。
 自分は一々|聴《き》き終わって、今の自分なら、
「宜《よろ》しい! 不用《いらな》けゃ三円も上げんばかりだ。泣くな、泣くな、可いじゃないか母上《おっか》さんの方から母《おや》でもない子でも無いというのなら、致《いたし》かたもないさ。無理も大概にして貰《もら》わんとな」
 然《しか》しあの時分はそうでなかった。不孝の子であるように言われてみると甚《ひ》どくそれが気にかかる。気にかかるというには種々の意味が含んでいるので、世間|体《てい》もあるし、教員という第一の資格も欠けているようだし、即ち何となく心に安んじないのである。それに三円ということは自分も知らなかったのだ、その点は此方《こっち》が悪いような気もするので、
「困ったものだ」と腕組して暫く嘆息《ためいき
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