けしき》を更え、音《おん》がカンを帯びて、
「なに私どもの処に下宿している方は曹長様《そうちょうさん》ばかりだから、日曜だって平常《ふだん》だってそんなに変らないよ。でもね、日曜は兵が遊びに来るし、それに矢張《やはり》上に立てば酒位飲まして返すからね自然と私共も忙がしくなる勘定サ。軍人はどうしても景気が可いね」
「そうですかね」と自分は気の無い挨拶《あいさつ》をしたので、母は愈々《いよいよ》気色ばみ。
「だってそうじゃないかお前、今度の戦争《いくさ》だって日本の軍人が豪《えら》いから何時《いつで》も勝つのじゃないか。軍人あっての日本だアね、私共は軍人が一番すきサ」
この調子だから自分は遂に同居説を持だすことが出来ない。まして品行《みもち》の噂でも為て、忠告がましいことでも言おうものなら、母は何と言って怒鳴るかも知れない。妻《さい》が自分を止めたも無理でない。
「学校の先生なんテ、私は大嫌《だいきら》いサ、ぐずぐずして眼ばかりパチつかしているところは蚊を捕《つかま》え損《そこ》なった疣蛙《えぼがえる》みたようだ」とは曾《かつ》て自分を罵《のの》しった言葉。
疣蛙が出ない中にと、自分は
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