《こっち》も困るだろうとは知りつつ、何処《どっこ》へも言って行く処がないし、ツイね」と言って莞爾《にっこり》。
 能《よ》く見ると母の顔は決して下品な出来ではない。柔和に構えて、チンとすましていられると、その剣のある眼つきが却《かえ》って威を示し、何処《どこ》の高貴のお部屋様かと受取られるところもある。
「イイえどう致しまして」とお政は言ったぎり、伏目《ふしめ》になって助《たすく》の頭を撫《な》でている。母はちょっと助を見たが、お世辞にも孫の気嫌を取ってみる母では無さそうで、実はそうで無い。時と場合でそんなことはどうにでも。
「助の顔色がどうも可くないね。いったい病身な児だから余程《よっぽど》気をつけないと不可《いけ》ませんよ」と云いつつ今度は自分の方を向いて、
「学校の方はどうだね」
「どうも多忙《いそが》しくって困ります。今日もこれから寄附金のことで出掛けるところでした」
「そうかね、私にかまわないでお出かけよ、私も今日は日曜だから悠然《ゆっくり》していられない」
「そうでしたね、日曜は兵隊が沢山来る日でしたね」と自分は何心なく言った。すると母、やはり気がとがめるかして、少し気色《
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