、
「ちょっと出て来ます、御悠寛《ごゆっくり》」とこそこそ出てしまった。何と意気地なき男よ!
思えば母が大意張《おおいばり》で自分の金を奪い、遂に自分を不幸のドン底まで落したのも無理はない。自分達夫婦は最初から母に呑《のま》れていたので、母の為ることを怒《いか》り、恨み、罵ってはみる者の、自分達の力では母をどうすることも出来ないのであった。
酒を飲まない奴《やつ》は飲む者に凹《へこ》まされると決定《きま》っているらしい。今の自分であってみろ! 文句がある。
「母上《おっか》さん、そりゃア貴女《あなた》軍人が一番お好きでしょうよ」とじろり[#「じろり」に傍点]その横顔を見てやる。母のことだから、
「オヤ異《おつ》なことを言うね、も一度言って御覧」と眼を釣上げて詰寄るだろう。
「御気《ごき》に触《さ》わったら御勘弁。一ツ差上げましょう」と杯《さかずき》を奉まつる。「草葉の蔭で父上が……」とそれからさわり[#「さわり」に傍点]で行くところだが、あの時はどうしてあの時分はあんなに野暮天《やぼてん》だったろう。
浜を誰か唸《うな》って通る。あの節廻《ふしまわ》しは吉次《きちじ》だ。彼奴《き
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