でも可《い》いじゃアありませんか、私《わたくし》が……」と言いかけて淋《さび》しげな笑を洩《もら》した。
「そうさ、お前に任したのだから……ところで母上《おっか》さんが見えたら最早《もう》下宿屋は止《よ》して一所になって下さいと言ってみようじゃないか」
「言ったところで無益《むだ》で御座いますよ」
「無益ということもあるまい。熱心に説けば……」
「無益ですよ、却《かえ》って気を悪くなさるばかりですよ」
「それは多少《いくら》か気を悪くなさるだろうけれど、言わないで置けばこの後どんなことに成りゆくかも知れないよ」
「そうですねえ……然し兵隊さんとどうとかいうようなことは被仰《おっしゃら》んほうが可《よ》う御座いますよ」
「まさかそんなことまでもは言われも為《す》まいけれど」
一時間立たぬうちに升屋の老人は帰って来て、
「甘《うま》く行ったよ」と座に着いた。
「どうも御苦労様でした」
「ハイ確かに百円。渡しましたよ。験《あら》ためて下さい」と紙包を自分の前に。
「今日は日曜で銀行がだめ[#「だめ」に傍点]ですから貴所《あなた》の宅《うち》に預かって下さいませんか。私の家は用心が悪う御座い
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