えた、帯の事を自分から言い出して止《と》めようかと。
然し止めてみたところで別に金の工面の出来るでもなし、さりとて断然母に謝絶することは妻《さい》の断《たっ》て止めるところでもあるし。つまり自分は知らぬ顔をしていて妻《さい》の為すがままに任かすことに思い定めた。
朝食《あさめし》を終るや直ぐ机に向って改築事務を執《と》っていると、升屋の老人、生垣《いけがき》の外から声をかけた。
「お早う御座い」と言いつつ縁先に廻って「朝《あさっ》ぱらから御勉強だね」
「折角の日曜もこの頃はつぶれ[#「つぶれ」傍点]で御座います」
「ハハハハッ何に今に遊ばれるよ、学校でも立派に出来あがったところで、しんみり[#「しんみり」に傍点]と戦いたいものだ、私は今からそれを楽みに為《し》ている」
座に着いて老人は烟管《きせる》を取出した。この老人と自分、外に村の者、町の者、出張所の代診、派出所の巡査など五六名の者は笊碁《ざるご》の仲間で、殊《こと》に自分と升屋とは暇さえあれば気永な勝負を争って楽んでいたのが、改築の騒から此方《こっち》、外の者はともかく、自分は殆《ほとん》ど何より嗜好《すき》、唯一の道楽であ
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