覚えている。その時母が父にも怒《いかり》を移して慳貪《けんどん》に口をきいたことをも思い出し、父のこと母のこと、それからそれへと思を聯《つら》ね、果は親子の愛、兄弟の愛、夫婦の愛などいうことにまで考え込んで、これまでに知らない深い人情の秘密に触れたような気にもなった。
お政は痛ましく助《たすく》は可愛く、父上は恋しく、懐《なつ》かしく、母と妹《いもと》は悪《にく》くもあり、痛ましくもあり、子供の時など思い起しては恋しくもあり、突然寄附金の事を思いだしては心配で堪《たま》らず、運動場に敷く小砂利《こじゃり》のことまで考えだし、頭はぐらぐらして気は遠くなり、それでいて神経は何処《どこか》に焦焦《じりじり》した気味がある……
嗚呼《ああ》! 何故あの時自分は酒を呑《のま》なかったろう。今は舌打して飲む酒、呑ば酔《え》い、酔《え》えば楽しいこの酒を何故飲なかったろう。
五月八日[#「五月八日」に傍点(白丸)]
明くれば十月二十五日自分に取って大厄日。
自分は朝起きて、日曜日のことゆえ朝食《あさめし》も急がず、小児《こども》を抱て庭に出《い》で、其処《そこ》らをぶらぶら散歩しながら考
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