詩想
国木田独歩
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)白雲《しらくも》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)寒気|堪《た》え難く
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「月+溲のつくり」、第4水準2−85−45]
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丘の白雲
大空に漂う白雲《しらくも》の一つあり。童《わらべ》、丘にのぼり松の小かげに横たわりて、ひたすらこれをながめいたりしが、そのまま寝入りぬ。夢は楽しかりき。雲、童をのせて限りなき蒼空《あおぞら》をかなたこなたに漂う意《こころ》ののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉《もみじば》火のごとくかがやき、松の梢《こずえ》を吹くともなく吹く風の調《しら》べは遠き島根に寄せては返す波の音にも似たり。その静けさ。童は再び夢心地《ゆめこごち》せり。童はいつしか雲のことを忘れはてたり。この後、童も憂《う》き事しげき世の人となりつ、さまざまのこと彼を悩ましける。そのおりおり憶《おも》い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。
二人の旅客
雪深き深山《みやま》の人気《ひとけ》とだえし路《みち》を旅客《たびびと》一人《ひとり》ゆきぬ。雪《ゆき》いよいよ深く、路ますます危うく、寒気|堪《た》え難くなりてついに倒れぬ。その時、また一人の旅人来たりあわし、このさまを見て驚き、たすけ起こして薬などあたえしかば、先の旅客《たびびと》、この恩いずれの時かむくゆべき、身を終わるまで忘れじといいて情け深き人の手を執りぬ。後《のち》の旅人は微笑《ほほえ》みて何事もいわざりき。家に帰らば世の人々にも告げて、君が情け深き挙動《ふるまい》言い広め、文《ふみ》にも書きとめて後の世の人にも君が名歌わさばやと先の旅客《たびびと》言いたしぬ。情け深き人は微笑《ほほえ》みて何事もいわざりき。かくてこの二人《ふたり》は連れだちて途《みち》をいそぎぬ。路はいよいよ危うく雪はますます深し。一人つまずきぬ。一人あなやと叫びてその手を執りぬ。二人は底知れぬ谷に墜《お》ち失《う》せたり。千秋万古《せんしゅうばんこ》、ついにこの二人がゆくえ
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