ぞき込んでいるんだ。僕はあまりのことに、何だびっくりしたじゃアないかと怒鳴ってやッた。渠《きゃつ》一向平気で、背負っていた枯れ木の大束をそこへ卸して、旦那は絵の先生かときくから先生じゃアないまだ生徒なんだというとすこぶる感心したような顔つきで絵を見ていた。』
ここまで話して来て江藤は急に口をつぐんで、対手《あいて》の顔をじっと見ていたが、思い出したように、
『そうだッけ、あの老爺《おやじ》さんを写生するとよかッた、』と言って膝《ひざ》を拍《う》った。この近在の百姓が御料地の森へ入《はい》って、枯れ枝を集めるのは、それは多分禁制であろうが、彼らは大びらでやっているのである。その事は無論時田も江藤も知っていたので、江藤もよく考えたら森の奥のガサガサする音は必ずそれと気の付くはずなんだ。
『それはそうとして君、それから僕は内心すこぶる慙《はず》かしく思ったから、今度は大いに熱心になって画《か》きだしたが、ほぼできたから巻煙草《まきたばこ》を出して吸い初めたら、それまで老爺《おやじ》さん黙って見ていたが、何と思ったか、まじめな顔で、その絵をくれないかと言いだした。その言い草がおもしろいじゃア
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