たねえ、あの時分は。胸がどきどきしたものだ」と、さらに他の号外に移る。
――戦死者中福井丸の広瀬中佐および杉野《すぎの》兵曹長《へいそうちょう》の最後はすこぶる壮烈にして、同船の投錨《とうびょう》せんとするや、杉野兵曹長は爆発薬を点火するため船艙《せんそう》におりし時、敵の魚形水雷命中したるをもって、ついに戦死せるもののごとく、広瀬中佐は乗員をボートに乗り移らしめ、杉野兵曹長の見当たらざるため自ら三たび船内を捜索したるも、船体|漸次《ぜんじ》に沈没、海水|甲板《かんぱん》に達せるをもって、やむを得ずボートにおり、本船を離れ敵弾の下《もと》を退却せる際、一巨弾中佐の頭部をうち、中佐の体《たい》は一片の肉塊を艇内に残して海中に墜落したるものなり――
「どうです、聞いていますか」と加藤男爵は問えど、いつものことゆえ、聞いている者もあり、相手にせぬ者もある。けれども御当人は例によって夢中である。
「どうです、一片の肉塊を艇内に残して海中に墜落したるものなり――なんという悲壮な最後だろう、僕は何度読んでも涙がこぼれる」
酔《え》いが回って来たのか、それとも感慨に堪えぬのか、目を閉じてうつらう
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