つらとして、体《たい》をゆすぶっている。おそらくこの時が彼の最も楽しい時で、また生きている気持ちのする時であろう。しかし、まもなく目をあけて、
「けれども、だめだ、もうだめだ、もう戦争《いくさ》はやんじゃった、古い号外を読むと、なんだか急に年をとって[#「とって」に傍点]しまって、生涯《しょうがい》がおしまいになったような気がする、……」
「妙、妙、そこを彫るのだ、そこだ、なるほど号外の題はおもしろい、なるほど加藤君は号外だ、人間の号外だ、号外を読む人間の号外だ」と中倉翁は感心した声を出す。
「そこと言うのは」加藤男が聞く。
「そことは君が号外を前へ置いてひどくがっかり[#「がっかり」に傍点]しているところだ」
「それはいけない、そんな気のきかないところは御免をこうむる。――」と彼《か》の暗記しおる公報の一つ、常に朗読というより朗吟する一つを始めた、「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動これを撃滅せんとす、本日天候晴朗なれども波高し――ここを願います、僕はこの号外を読むとたまらなくうれしくなるのだから――ぜひここをやってくださいな。」
中倉先生微笑を含んでしばし黙っていたが、
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