ない、これが常例である。
「そうですとも、考えがあるなら言ったがいいじゃアないか、加藤さん早く言いたまえ、中倉先生の御意《ぎょい》に逆ろうては万事休すだ。」と満谷なる自分がオダテた。ケシかけた。
「号外という題だ。号外、号外! 号外に限る、僕の生命は号外にある。僕自身が号外である。しかりしこうして僕の生命が号外である。号外が出なくなって、僕死せりだ。僕は、これから何をするんだ。」男の顔には例の惨痛の色が現われた。
 げにしかり、わが加藤男爵は何を今後になすべきや。彼はともかくも、衣食において窮するところなし。彼には男爵中の最も貧しき財産ながらも、なおかつ財はこれあり、狂的男爵の露命をつなぐ上において、なんのコマル[#「コマル」に傍点]ところはないのであるが、彼は何事もしていない。
「ロシヤ征伐」において初めて彼は生活の意味を得た。と言わんよりもむしろ、国家の大難に当たりてこれを挙国一致で喜憂する事においてその生活の題目を得た。ポーツマウス以後、それがなくなった。
 かれ男爵、ただ酒を飲み、白眼にして世上を見てばかり[#「ばかり」に傍点]いた加藤の御前《ごぜん》は、がっかり[#「がっかり
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