を描きつつ消えゆくとぞみえし。波紋は渚《なぎさ》を打てり。山彦《やまびこ》はかすかに応《こた》えせり。翁は久しくこの応えをきかざりき。三十年前の我、長き眠りより醒《さ》めて山のかなたより今の我を呼ぶならずや。
老《としより》夫婦は声も節も昔のごとしと賛《ほ》め、年若き四人は噂に違《たが》わざりけりと聴きほれぬ。源叔父は七人の客わが舟にあるを忘れはてたり。
娘二人を島に揚げし後は若者ら寒しとて毛布《けっと》被《かぶ》り足を縮めて臥《ふ》しぬ。老《としより》夫婦は孫に菓子与えなどし、家の事どもひそひそと語りあえり。浦に着きしころは日落ちて夕煙村を罩《こ》め浦を包みつ。帰舟《かえり》は客なかりき。醍醐《だいご》の入江の口を出《いず》る時|彦岳嵐《ひこだけあらし》身《み》に※[#「さんずい+参」、第4水準2−78−61]《し》み、顧《かえり》みれば大白《たいはく》の光|漣《さざなみ》に砕《くだ》け、こなたには大入島《おおにゅうじま》の火影|早《はや》きらめきそめぬ。静かに櫓こぐ翁の影黒く水に映れり。舳《へさき》軽く浮かべば舟底たたく水音、あわれ何をか囁《ささや》く。人の眠|催《もよお》す様
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