経つことの早さよ、源叔父。ゆり殿が赤児|抱《だ》きて磯辺に立てるを視《み》しは、われには昨日《きのう》のようなる心地す」老婦《おうな》は嘆息つきて、
「幸助殿今無事ならば何歳《いくつ》ぞ」と問う。
「紀州よりは二ツ三ツ上なるべし」さりげなく答えぬ。
「紀州の歳《とし》ほど推《すい》しがたきはあらず、垢《あか》にて歳も埋《うも》れはてしと覚《おぼ》ゆ、十にやはた十八にや」
人々の笑う声しばし止まざりき。
「われもよくは知らず、十六七とかいえり。生《うみ》の母ならで定《さだか》に知るものあらんや、哀れとおぼさずや」翁は老《としより》夫婦が連れし七歳《ななつ》ばかりの孫とも思わるる児《こ》を見かえりつついえり。その声さえ震えるに、人々気の毒がりて笑うことを止めつ。
「げに親子の情二人が間に発《おこ》らば源叔父が行末《いくすえ》楽しかるべし。紀州とても人の子なり、源叔父の帰り遅しと門《かど》に待つようなりなば涙流すものは源叔父のみかは」夫《つま》なる老人《おきな》の取繕《とりつくろ》いげにいうも真意なきにあらず。
「さなり、げにその時はうれしかるべし」と答《いら》えし源叔父が言葉には喜び充《み》ちたり。
「紀州連れてこのたびの芝居見る心はなきか」かくいいし若者は源叔父|嘲《あざけ》らんとにはあらで、島の娘の笑い顔見たきなり。姉妹《はらから》は源叔父に気兼《きが》ねして微笑《ほほえみ》しのみ。老婦《おうな》は舷《ふなばた》たたき、そはきわめておもしろからんと笑いぬ。
「阿波十郎兵衛《あわのじゅうろべえ》など見せて我子泣かすも益《えき》なからん」源叔父は真顔にていう。
「我子とは誰《た》ぞ」老婦《おうな》は素知らぬ顔にて問いつ、
「幸助殿はかしこにて溺《おぼ》れしと聞きしに」振り向いて妙見《みょうけん》の山影黒きあたりを指《さ》しぬ、人々皆かなたを見たり。
「我子とは紀州のことなり」源叔父はしばしこぐ手を止めて彦岳《ひこだけ》の方《かた》を見やり、顔赤らめていい放ちぬ。怒りとも悲しみとも恥ともはた喜びともいいわけがたき情《こころ》胸《むね》を衝《つ》きつ。足を舷端《ふなばた》にかけ櫓《ろ》に力加えしとみるや、声高らかに歌いいでぬ。
海も山も絶えて久しくこの声を聞かざりき。うたう翁も久しくこの声を聞かざりき。夕凪《ゆうなぎ》の海面《うみづら》をわたりてこの声の脈ゆるやかに波紋
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