屋の外《ほか》人間に縁ある者は何も無い。長く響いた気笛が森林に反響して脈々として遠く消え去《う》せた時、寂然《せきぜん》として言ふ可からざる静《しづけ》さに此孤島は還つた。
三輛の乗合馬車が待つて居る。人々は黙々としてこれに乗り移つた。余も先の同車の男と共に其一に乗つた。
北海道馬の驢馬《ろば》に等しきが二頭、逞ましき若者が一人、六人の客を乗せて何処《いづく》へともなく走り初めた、余は「何処へともなく」といふの心持が為《し》たのである。実に我が行先は何処《いづく》で、自から問ふて自から答へることが出来なかつたのである。
三輛の馬車は相隔つる一町ばかり、余の馬車は殿《しんがり》に居たので前に進む馬車の一高一低、凸凹《でこぼこ》多き道を走つて行く様が能《よ》く見える。霧は林を掠《かす》めて飛び、道を横《よこぎ》つて又た林に入り、真紅《しんく》に染つた木の葉は枝を離れて二片三片馬車を追ふて舞ふ。御者《ぎよしや》は一鞭《いちべん》強く加へて
「最早《もう》降《おり》るぞ!」と叫けんだ。
「三浦屋の前で止めてお呉れ!」と先の男は叫けんで余を顧みた。余は目礼して其好意を謝した。車中|何人《な
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