二人は、頭を没する熊笹の間を僅に通う帯ほどの径《みち》を暫く行《ゆく》と、一人の老人の百姓らしきに出遇つたので、余は道庁の出張員が居る小屋を訊ねた。
「此径を三丁ばかり行くと幅の広い新開の道路に出る、其右側の最初の小屋に居なさるだ。」と言い捨てゝ老人は去《い》つて了つた。
 歌志内を出発《たつ》てから此処までの間に人に出遇つたのは此老人ばかりで、途中又小屋らしき物を見なかつたのである、余は此老人を見て空知川の沿岸の既に多少《いくら》かの開墾者の入込《いりこ》んで居ることを事実の上に知つた。
 熊笹の径《こみち》を通りぬけると果して、思ひがけない大道が深林を穿《うが》つて一直線に作られてある。其幅は五間以上もあらうか。然も両側に密茂《みつも》して居る林は、二丈を越へ三丈に達する大木が多いので、此幅広き大道も、堀割を通ずる鉄道線路のやうであつた。然し余は此道路を見て拓殖に熱心なる道庁の計営の、如何に困難多きかを知つたのである。
 見れば此道路の最初の右側に、内地では見ることの出来ない異様なる掘立小屋《ほつたてごや》[#「掘立小屋」は底本では「堀立小屋」]がある。小屋の左右及び後背《うし
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